水のみなもと芹沢公園
おいしい座間の水。この水のみなもとが芹沢公園近くに水源井(せい)として、掘られています。公園の西側には芹沢川が流れ、東側には水源涵養(かんよう)林があって広場・川・林とのコントラストが、見事です。起伏もあり散策コースとして、いろいろと楽しむことが出来ます。(座間市)
座間市の水道は、以前は100%地下水でした。しかし人口の急増で1978年頃から一部(通常は15%ほど)を神奈川県企業庁から入水することになりました。
地下水を供給する芹沢地域の水道(水源)施設
第一水源井(計画取水量二万トン)
第二水源井(計画取水量四千トン)
栗原水源井(廃止。
現在は見学施設)の三か所の水源井があり、第一水源と第二水源からの取水量は市営水道の一日給水量の約半分をまかなっており文字どおり市民の大きな水瓶地域となっています。
第二次世界大戦(太平洋戦争)の時、海軍の飛行機工場ありました。そこで多くの台湾少年工が働いていました。
高座海軍工廠では、戦争末期に不足していた労働力を当時日本の統治下にあった台湾に求めました。台湾で行われた選抜試験には多くの少年が応募し、国民学校高等科や旧制中学校などを卒業した。十代の優秀な少年8,400人余りが、海軍軍属として海を渡って日本にやってきました。
少年工たちは、昭和18(1945)年から順次、現在の大和市上草柳にあった寄宿舎に入寮し基礎教育を受けた後、高座海軍工廠をはじめ群馬県の中島飛行機製作所や名古屋の三菱航空機など各地の工場へ派遣されました。その真面目な働きぶりと高い技術は派遣先の工場でも高く評価されました。
しかし戦局が厳しくなると労働環境は悪化し、中には空襲で命を落とした少年もありました。大和市上草柳の善徳寺には、亡くなった少年60名の慰霊碑が建てられています。
昭和20(1945)年8月に終戦を迎え、少年たちは台湾へ戻ることになりました。翌年の帰国までの間、多少の戦争直後多少の混乱はあったものの、少年たちは自治組織を結成し、秩序を守って整然と帰国しました。
戦後、元少年工たちは戒厳令下の台湾でも懸命に努力して故郷の発展に尽くし、また苦労した戦時を過ごしたこの地を訪れ、若き日の思い出にふける人も少なくありません。
出典:石川公弘著「二つの祖国を生きた台湾少年」「座間市史」ほかより
全市民が心を一つにして戦争の悲惨を訴え、核兵器廃絶と世界平和実現を希求し、長崎原爆資料館より、被爆したクスノキの種から育てられた貴重な苗木をいただきここに植樹する。
「核兵器のない平和な自然環境を大切に」と願い、市民皆さんとともに大切に育てていきたいと思います。
平成19年7月
座間市
座間市原水爆禁止協議会
懸命に働き、非常に高い評価を得ました。しかし米軍の空襲などで六十名に上る尊い犠牲もありました。 一九四五年八月十五日の敗戦により、志半ばて帰国した彼らを待つていたのは、四十年の長きにわたる戒厳令下の厳しい生活でしたが、それにも耐え抜き、戒厳令が解除されると直ちに同窓組織・台湾高座会を発足させ、李雪峰氏を会長にして日本との強度の高い交流を重ねてきました。
二〇一八年は、台湾からの第一陣が日本本土上陸した日から教えて七五年になります。私たちはこの機に台湾高座会留日七五周年
台湾少年工顕彰
「八千の台湾少年雷電を 造りし歴史永遠に留めん」 高座日台交流の会 石川公弘
「北に対し年の初めの祈りなり 心の祖国に栄えあれかし」 台湾万葉歌人元少年工 洪神山
「朝夕にひたすら祈るは台湾の 平和なること友の身のこと」 元伊勢原高女動勤労挺身隊 佐野た香
2018年10月20日 台湾高座会
台湾高座会留日七五周年歓迎大会記念
石川創一書
先の大戦中、航空機生産の労働力不足に直面した日本軍は、その供給源を向学心に燃えていた台湾の若者に求めました。新鋭戦闘機雷電)を生産しながら勉学に励めば、旧制工業中学の卒業資格を与え、将来は航空機技師への道を開くどの条件に、多くの少年が応募し、選抜試験を突破した八千四百余名が、海を渡って海軍工廠のあったこの地(神奈川県高座郡)にやってきました。
戦局はすでに下り坂で、彼らが求めた勉学の会はほとんど無くその上新の高座海軍工廠には十分な設備が無かったため、大半が全国各地の航空工場へ派遣され、慣れない寒さやひもじさに耐えながら
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歓迎大会実行委員会を組織し、台湾高座会の戦時下の貢献と戦後における台湾最大の親日団体としての活動に感謝の意を表すため、台湾少年工顕彰碑建立を計画しました。
なお、台湾高会の皆さんが今もこの高座の地を「第二の故郷」と呼ぶのは、工廠のあった
高座の地の多くの農家のお母さんたちのやさしさに源があるようです。この顕彰碑は当時の農家のお母さんたちへの感謝の碑でもあります。
二〇一八年一〇月二〇日(平成三十年十月二十日)
台湾高座会留日七五同年歓迎大会 会長 衆議院議員 甘利 明