日清戦争
 1894(明治27年)7月25日~1895年(明治28年)4月17日

賠償金の使い道賠《償金2億テール》
約3億円(当時の国家予算3~4年分)は、 国家の近代化に使われ、
①軍艦、②鉄道、 ③工場、④金本位制の導入、⑤国債返済  が大きな柱でした。
(三国干渉の返還費3,000万 テール追加で、利子含め3億6500万円)


② 鉄道建設の拡大
• 東海道線の高速化(線路や勾配改良等)
• 山陽鉄道の整備
• 北海道の鉄道開発
• 軍事輸送路の強化
 ※鉄道は軍事だけでなく、産業発展の基盤。
















④ 金本位制の導入(1897年) 賠償金の銀を売却し、金を購入することで日本は金本位制に

⑤ 国債の返済・財政基盤の強化 日清戦争で発行した戦時国債の返済。
移行。これにより
• 円の信用力が上昇
• 国際貿易が有利に
• 外国からの投資が増加
という経済的メリットが生まれました。
③ 官営工場・重工業の整備(産業革命を加速)  • 八幡製鉄所(1901年操業)
• 造船所の拡張(呉・佐世保)
• 兵器工場の近代化
• 電信・通信インフラの整備
※八幡製鉄所は日本の産業近代化の象徴。






賠償金2億テールについて

 賠償金のテール(両)は、1テール=庫平銀37.3gで2億両 (746万kg相当)の銀払いでした。   中国の「銀両」は、お椀や馬の蹄に似た銀の塊で、決まった重さはなく、 常に重さを量りながら使用する秤量貨幣でした。 1gくらいの軽量のものから、1Kgを超える大型のものまで様々あり ます。
 2億テールは日本円に換算すると約3億1100万円に相当しました。賠償金2億両は庫平銀では746万kgに相当し、還付金の111.9万kgを合わせると857.9万kgに達します。
 2011年4月現在の日中銀取引相場価格では銀1kgが12万円程度なので、
それをもとに計算すると1兆294億円前 後にのぼります。なお、日清戦争にともなう国交断絶により、1871年成立の日清修好条規が失効したため、第六条において日清両国は新しい通商条約を日本が欧米並の立場で改めて結ぶことが定められ、




重さの単位は「両(テール)」で、地域や役所によって、はかりが 何種類かあり、主なものとしては
●庫平両=37.3125g
●海関両(関平両)=37.679g
●上海両(申漕平両)=33.824g
 等が有りました。
それが1896年7月21日、北京にて日本側全権林董(ただす)、清側全権張蔭桓(ちょういんかん)の間に結ばれた日清通商航海条約でした。
日露戦争での犠牲者

 この戦争では、陸・海軍合わせて延べ約30万人の将兵が動員された。この中で、不幸にして戦死と戦病死した人数 は55,660人で、この数は出征者全体の約19%にも及んだ。

 また病死者は27,190人で、上の数字と合わせると約28%の人々が戦没者という大きな犠牲を生んだ。さらに負傷者にいたっては154,560人という多さで、何事もなく無事に帰還できた将兵はわすか22%に過ぎなかった。

以上のような数字を見ても、日清戦争に比べていかに日露戦争での戦闘が過酷なものであったかが分かる。




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