相模原女子大「茜館(あかねかん)」
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旧陸軍通信学校将校集会所

 茜館は、 旧陸軍通信学校の将校集会所として使用されていた建物です。 1946年 本学が現在地に移転し、 教室や本部棟として利用。 2003年 相模原市の登録有形文化財(建造物) に登録。 2008年 マーガレット本館竣工に伴い、 事務室機能が移転。 茜館は生涯学習の会場として、 映画 ドラマのロケ地とし2025年1月まで活用されてきました。
 本学では、 茜館の文化的価値を尊重し、 保存に努めてまいりましたが、 建設時の図面がなく耐震診断も出来ない状態で、安全上及び居住環境上に大きな懸念があることから、 関係機関との協議の上、 解体を決定いたしました。 なお、 相模原市文化財保護課には、 相模原市文化財の保存及び活用に関する条例に基づく 「現状変更等届出書」を提出しており、2025年3月31日に受理されています。(案内文より)
 ここの卒業生でビルマ(現ミャンマー)に派遣された人の子供さんがは、お父さんの話として「隯寺は無線機があったが、、無線機は発電機とガソリンを運ばなければならず、山があると電波が届かない。ここで飼って訓練していた「伝書鳩」は、優秀な鳩は1週間から10日で場所を覚え、運ぶのも軽く大変役に立った」と話していた、とのことです。
 ただここで飼っていた鳩は、2000から3000羽いたが、終戦の翌日にすべて殺されたそうです。
 昭和11年に陸軍士官学校(東京)の移転用地として座間村(現座間市)などに白羽の矢が立ち、その後陸軍兵器学校や戦車・砲弾を製造する陸軍造兵廠、陸軍病院、陸軍機甲整備学校など軍事施設が次々進出し、軍都が建設された。町村合併も進み、16年に8町村による相模原町が誕生。当時としては日本一大きな町だった。士官学校の跡地は現在、在日米陸軍司令部(キャンプ座間)となっている。その他の軍施設跡地は一部を除き。学校や商業施設に変貌している。











  庭園は集会所に付設された庭園で、現存する洋風庭園として貴重であり、当時の優れた施工技術を知ることができます。
注)室内は原則として見学できません

登録年月日 平成15年4月1日 相模原市教育委員会
(看板の内容)
相模原市登録名勝

旧陸軍通信学校将校集会所庭園
  (相模女子大学フランス庭園)

 旧陸軍通信学校「時の大野村に移転しきたのは昭和33年からら1年にかけてです。
  将校集会所の外壁は改装されていますが、外観は全体として当時の大野村に移転してきたのは昭和13年から14年にかけてです。
 将校集会所の外壁は改装されていますが、外観は全体として当時の姿を残しています。